☆雑文11 ガンダーラ仏展

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彼らがインドにあったと言う愛の国。
奈良国立博物館でやっていた「インド・マトゥーラ仏/パキスタン・ガンダーラ仏展」。
百済観音を見に行って以来、仏が沁みるので行って参りました。
奈良国立博物館は、興福寺と東大寺に隣接して挟まれた立地にあり、当然のごとく鹿天国である。
奈良といえば鹿、は当然だが、あらためて考えると異様な空間ではある。
さて今回、インド・マトゥーラ仏/パキスタン・ガンダーラ仏、ということだが、
メインはやはりガンダーラ仏だ。イン・ガンダーラ、ガンダァーアラ。

ガンダーラ仏の特色は地中海世界伝来のリアリズムにある。
釈迦のパンチパーマ、ラホツは自然なウェーブで表現され、本気でカッコイイ。
耳や腕のバランスも常人である。体のバランスは少年っぽいが、それはそういうものなのだろう。
これらより古い時代の、マトゥーラ仏には執拗に表現されていた股間のもっこりは影を潜めている。
当然のデリカシーだ。
それより圧巻が、上に描いた菩薩だ。
日本のは今回と関係なしに、比較のために書いた中宮寺の弥勒菩薩。
そして問題のガンダーラのほう。これも弥勒菩薩であろうということだ。
片手は破損していて、おそらく瓶を持っていたと思われるが、私はVサインをしていたと思う。
ヒゲが怪しい、ターバンが怪しい、筋肉が怪しい。アグネス仮面に出てきそうだ。
仁王のボディービル体型ではなく、うっすら脂肪の鎧に覆われた((C)バキ)レスラー体型が威圧感を醸している。
もうひとつの展示、マトゥーラ仏であるが、こちらはちょっと嫌だった。
ガンダーラは奇跡的にまぬがれたようで、それがいかに感激的なことであるかということ、
イスラムめの偶像壊しの被害をモロに受けているのである。
ピンと来ない人は、エジプトの大スフィンクスを思い出して欲しい。
あれの鼻が欠けているのは、イスラム教徒どもが壊したからだ。
鼻が落とされたり、首を切られたり、レリーフの削られたあとなどを見せられても、
死体を見せられているようで、腹も立つし、本当に気分が悪い。
まともなムスリムの人は、こういうのを見てどう思うのだろうか。
偶像崇拝の禁止自体は必ずしも悪いことではないが、美しいものを壊すことは醜い。
例のブッシュではないが、あのインチキ宗教のせいで、と言いたくなる。キリスト教だってタイガイだが。
この展覧会の感想。
1300円は高すぎる。もっとスポンサーを探せ。
いや、それもあるけどそうじゃなくて。
よく日本の神仏習合が日本的だというが、そもそもインドこそもっとおおっぴらに、
分からなくなるほど神仏習合をやってるじゃないか。釈迦はヴィシュヌ神らしいぞ。
そういう知識は前もってあったが、そんな感じのものを生で見ると、感覚的にもよく分かる感じ。
何かのアレクサンドロスの小説で読んだが、古代ギリシャでもそんなだったらしい。
良いものは人種も文化も違ったって良い。
はずだけれどもそうでない人もいる。
そこはまだ分からないが、良いものは私にとっては良い。
その感じは誰もが持てば良いと思う。