小説 消えたシウマイ
−1−
シウマイの屋台、は、まあ珍しいものの部類にはいるだろう。
今丑マチはる(24)が、その店でシウマイを買ったのも、
たまたま前を通りかかって、もの珍しさで足を止めたからに過ぎない。
シウマイを買って家路をたどるマチはるは、しかし何となくイヤな気分を感じていた。
半端な色の夕焼け空に毒づきつつ、乗り慣れた電車に揺られる。
マチはるはシウマイを買ったことを後悔しはじめていた。
シウマイは、最近別れた恋人の好物だったのだ。
一人暮らしのアパートに帰った時、空はもう暗くなっていた。
マチはるは、食べ物を切らしていたことを思い出した。何か買わないといけない、
と朝にあれほど気をつけて、メモまでとっていたのに。
そういう生活力のなさ、ってのも悪かったのかな、などと、ひとけのない部屋で
考えながらシウマイの箱を取り出すと、もやもやとしていた悪い気分が
方向性を得て一人歩きしていくような、すくわれがたい気がしてくるのだった。
これで食欲は無くなったし、一食浮いて節約にもなったぜ、と、
ためしにポジティブに考えてみる。どうにも後ろ向きなポジティブだが、
半ばヤケというやつだ。
シウマイだけ食って酒飲んで寝よう。
マチはるはシウマイの箱を開けた。軽い抵抗を残してフタは開く。
・・・
ばかな。
なんと、箱の中には何もはいっていなかったのだ。
馬鹿にされたような、今日のイヤな気分にとどめをさされたような。
急に眩暈がして、マチはるはそれをごみ箱に捨てた。
電話が鳴ったが、それに出る気力も奮い起こせず、マチはるはベッドに転がり込んだ。
−2−
翌日、日も昇りきらないうちから、マチはるは空腹により目が覚めた。
近所のコンビニで弁当を買いながら、マチはるは昨日のシウマイのことを考えた。
あれは、あのしょうもない話を、やらかしてしまったのではなかろうか。
・・・その蓋の裏にはびッしりと・・・!
やはり、自分は疲れているんだろう、と失笑を押し殺した時、愕然と気付いた。
昨日買ったのは揚げシウマイだから、湯気ではくっつくまい。
ほとんど無意識に、どうでもいいようなことまで、あいつと重なることは
避けようとしているのか。と、普通のシウマイの方が好きだった別れた恋人、
妙木ようこのことを思うと、マチはるはまた憂鬱になって、
ごみ箱の中を確認してみようとする気を無くすのだった。
それでも日が高くなると、いつまでも暗い気分のままではいられなくなるもので、
一応、クレームをつけよう、とも思い、その日の帰路、マチはるは昨日のシウマイ屋へ
いってみることにした。
「ワタシのシウーマーイー、ヤミツキにナたーネー」
日本人にしか見えなかった店主は、こちらより先に、作為的な片言でそう言った。
そしてさらに言う。
「あ、あんた、昨日揚げシウマイ頼んだのに蒸しシウマイ渡しちゃった人だね。」
馬鹿馬鹿しくなって、否定しようかとも思ったが、それより早く
「ワるかター、こーれーサーピスーよー」
と、無理のある片言に戻って、シウマイの箱を一つ手渡すと、隣の客の方へと
店主は去った。
幽霊の 正体見たり グレイ。字足らず。
全部ふっきって日常に埋没しよう。
馬鹿馬鹿しい。というより、あほらしい、と言うべき間の抜けた気分で
シウマイの入った袋をぶらさげて、マチはるは街を歩く。
ふと気が付くと、妙木ようこが歩いていた。目が合った。
占いとか、黒魔術とか、あれが、あばたもえくぼ
というやつか。
そういうのも好きなようこを、今見るとそう思う。
つきあってた時は笑い飛ばしていたが、少し痩せたようこを見ると、微妙に気味が悪い。
おや、近づいてくるぞ。逃げなきゃならんようなことはしてない。
迎え撃って、返り討ちにしてくれる。
「・・・携帯、かえたんだね。」
いきなり何を言い出すのか。
「え、ああ、前からよく替えたりしてただろ?」
これは事実だから問題ない。
「家の方にも電話したのよ、昨日の夜」
「? しらん、覚えがない。家には居たはずだけど?」
「・・・・・今会えたから、いいけど。でね、あれから何かあった?」
「あれからッて、どこから?何かって・・何を指してるわけ?」
おちついて話してるな、と思ったのも束の間、何をいいだすやら。
心当たりあるようなことは何もない、と言うと、そう、とながし、
さぐるような目をした後、ようこはフラフラと去った。後味の悪いことはなはだしい。
−3−
シウマイがまた消えた、と気付いたのはアパートに帰ってからのことで、
今回は買い物も覚えていて、さて晩飯、と思った矢先のことだ。
袋はずっと持っていたし、今も目の前にあるのだが、中身と箱がない。
どこかで落としたとしか考えられないが、袋を振り回すようなことは
したはずがない。腹もたったが、こうなると無性に
シウマイが食いたくなった。
翌日マチはるは、アパートの入り口の傍に、見覚えのある箱を見つけた。
こんな所に落としたんだろうか。いや、ありえない。
と思いつつ、中身を確かめてみる。
ない。
フタの裏にも、当然シウマイなどくっついてはいない。
たまたま通りすがりの人が歩きながら食べていて、ここに捨てたんだろう。
無理を感じないでもないが、こんなことを考える必要もない。
マチはるは、友人とふたりで昼食をとっている。
「マチはるも、なんであと三ヶ月が待てなかったのかね。」
「三ヶ月たったら二年になったか。いくら賭けてた?」
という程度の友人ではあるが。
「いや、好感度高いカップルだ、とかは噂してたんだぜ。」
「タデ食い呼ばわりされたことも、忘れてないさ。」
「あ、雨が降ってきやがった。」
この話題はここまで、ということだろう。何となくつられて、マチはるも外を見る。
「血の雨!?」
一瞬の目の錯覚には違いないが、マチはるには、雨が黒ずんだ血の色に見えた。
ただし、はた目にはまさしく血迷った発言であったようで、友人からの追求を
かわすのに、しばらく手間取った。
「イマウシとタエキで、"消えたシウマイ−"なんつってよ、」
そのせいで、せっかく去った話題が復活してしまった。
しかしこれはさすがに、記憶にない。
「そんなことを俺が言うはずはない、第一、俺はシウマイが嫌いだ。」
「妙木ちゃんが言ってたんだよ。お前も、シウマイバクバク食うじゃねーか。」
帰るぞ、といいかけて、本題を思い出した。
緑の帽子。
ようこからプレゼントされたもので、あまりのセンスに大笑いしてしまったため、
何度かかぶらないといけないはめになったものだ。
そんなものを欲しがるのは、実にどうかしている、とマチはるなどは思うが、
この友人は欲しがったので、やることにしていたのだ。
すでに店の外に出ている。
「しかしお前の格好、」
マチはるは、友人をまじまじと見る。
「きっつい緑色の帽子かぶって薄茶髪(金髪、と友人は主張した)で、
白いシャツってのは、まったくあれだね、あの、あれ。」
「本格派には、グリーンピースはないぜ?」
大体察した友人がかえす。そう、その、餃子の親戚。
「じゃあ、この茶色いズボンが醤油か。」
「ご丁寧に、からし色の点字ブロックに立ってやがる。」
そのシウマイ男まで消えてしまった。
この日の晩から、行方不明になったらしい。それをマチはるが知るのは
もう少し後のことになるが、この時点で彼がそれを知っても、
自身にこれからふりかかることと関連付けて考えることは難しかったろう。
−4−
マチはるは呆然とした。
先の友人と会った日の夜、一度無言電話があった他には、
マチはるにとってこれといったことは何もなく、数日が過ぎたのだが。
ある日、マチはるが勤め先のドアを開けると、唐突にそこは、
もぬけのカラになっていたのだ。
机も電灯もない。倒産などしそうな様子はなかったが、あるいはそうか。
それにしても、同僚も一人としていないのは、どうしたことか。
ほとんど何も考えられずに、マチはるは部屋の中に入り、あたりを眺める。
その時、ある臭気がマチはるの鼻をついた。
反射的に振り向く。
ドアの裏には、べったりと、血が!
何かがぶつかったような血のかたまりが幾つも、そして
何とも知れぬかけらが、べったりとこびりついていたのだ。
「――――――――――!
マチはるは声にならぬ叫びをあげ、閉まりきっていなかったドアを蹴破り、
外に転がり出た。
近くの公園でやっと一息ついたマチはるは、同僚や会社に電話を
かけてみることにした。しかし、いずれも話し中の音がするだけだった。
そんなことがあるか?落ちつきかけた心臓がまた騒ぎだす。
とにかく、こいつの話が終わるまで、かけっぱなしにしておこう。と、
同僚の一人をさだめ、携帯のスイッチをおす。
いわゆるごついおっさんであるその同僚の顔を思い浮かべると、現実、とか常識、
などが揺るぎない実感を持ってくるような気がして、自分のやっていることが
馬鹿らしくも思えたが、それでも完全には落ちつけそうもなかった。
5分ほどたつと、ようやくつながった。ホッと、マチはるは一息ついた。
「―――キャハハ、何やってんの?」
女の声だ!しかもこの声は?
悪寒につかまれ、あわてて携帯を切り、あたりを見渡す。
いったい、なんだ、今のは?
動揺もあらわに、あらたに会社へかけなおす。今度はすぐにつながった。
「――わたしはね、あなたに未練なんかないけど、あなたはわたしの物なの。」
「だ、誰だ、ようこか!な、何だ、これは!」
「ふふ、シウマイ、きえた?―――――
おれの会社をシウマイ扱いされてたまるか、と、減らず口を思いついたのは、
その電話が切れて数分の自失の後だった。
とにかく、社長以下は夜逃げしたんだろう、と無理に自分を納得させて、
早い夏休みの予感にうんざりしながら、マチはるはまだ日の高い街を歩く。
つまらない意地といえば、確かにつまらないことだが、
マチはるは、またあのシウマイ屋でシウマイを買った。
例のうろんな店主がシウマイを箱に詰めるのもカウンターごしに確認した。
普通に考えれば、何もおこらないはずだった。
−5−
ふと、人通りの無い道にさしかかったとき。
マチはるは、シウマイがまだ箱の中に入っているか、不思議にこころもとなく
思えて、我ながらくだらないことを、とも思いつつ、しかしやめようとも思わず、
シウマイの箱をあけた。
「1個たりない?」
思わず声をあげてしまったことに独りで赤面したその時、
「マチはる?」
後ろから声をかけられた気がして、マチはるはあわてて蓋を閉めた。
短く深呼吸をして、フリだけでも余裕をもって、まわりを見渡す。
しかしどうやら、何かの聞き違いか気のせいだったかのようで、人影はない。
舌打ちをひとつして、あらためてシウマイの箱を開ける。
3個足りない。
「マチはる!」
ふたたび、だが今度ははっきりと、大声で名を呼ばれた。
驚いて大きく身震いをしたその時、マチはるの周りで、何か柔らかいものが
ボタボタっと落ちる音がした。
背筋に悪寒が走り、脂汗が吹き出る。
マチはるの五感が全力で警告を発し、心蔵の鼓動は割れ鐘のように全身に響く。
とにかくもマチはるは、かぼそくも働いている理性にすがりつくように、
中断された行為を続行することにした。つまり、シウマイの箱の、
フタの裏にシウマイがはりついているだけであることを、確認せねばならない。
いつの間にか、また閉めていた箱を開けて、おもむろに右手に持った
フタの裏をのぞきこむ。
そこには、湯気でシウマイがはりついてるはずだった。
あった!マチはるは、大きく息をついた。
同時に、世界は色をとりもどし、街の音が再び耳にはいってきた。危機は去った。
6つ入りのシウマイから消えたかに見えたシウマイ3つは、
フタの裏に、申し訳なさそうにはり付いていたのだった。
だが、安堵してフタをもどそうとしたマチはるの目に飛び込んで来たのは、
ひとつのシウマイも入っていない、箱の底だったのだ。
また、シウマイが、消えた!
どういうことだ?もともと入っていたシウマイは6つ。
それが最初に確認した時には、5つになっていた。その次には3つだった。
今、シウマイは手元に3つ、変わらずにある。
しかし、ならば、今ここに無い3つはどこへいった?
マチはるは、聞こえるはずのない日の翳る音を、確かに聞いたような気がした。
パート2・「邪悪の十字架」に続く。